海洋立国論

勉強のつもりで書いています。

沈黙の艦隊公開記念 原子力潜水艦

映画「沈黙の艦隊」公開記念!久しぶりに書いてみました「原子力潜水艦

ここに手を付けることは沼ですのでキリがないとも言えるんですが、この際ひとまとめしておこうと思います。特殊な事例などは除外し通常潜は海自、原潜については米原潜を中心とします。それでも7,000文字越えました・・・

【意外と難しい?潜水艦建造】

世界で潜水艦を運用しているのは40か国ほど。そのうち潜水艦を完全に自国開発・建造できる国は日・米・英・独・伊・仏・スペイン・露・中・スウェーデン・印です。ほかに韓国・北朝鮮・台湾も運用していますが、現段階では完全国産ではありません。

そのうち原潜保有国は米・英・露・中・仏・印のみ。これはNPT(核不拡散条約)によって核兵器保有が認められた5か国と、インドはNPT非加盟で2016年に国産原潜を就役させました。オーストラリアは軍事協定「AUKUS 」によって米英の協力によって原潜保有を目指しています。

北朝鮮は通常潜に弾道ミサイルを搭載した潜水艦を開発しましたが、露からの技術供与で原潜保有を目指しているものと思われます。台湾はどうやら日米の技術者が協力して開発したようですが、対中抑止の一環として日米政府がバックアップしたと考えられます。

潜水艦は水上艦に対しほぼ無双できるうえ、隠密性が高いことで相手は対潜警戒に能力を割かれてしまいます。

高い抑止力と生存性(残存性)によって反撃力を確保できます。また技術力の象徴でもある兵器で、極めて秘匿性が高いのです。正確な潜航深度や速力などの情報や、その他の能力は外部に流出することはありません。

ハッチが開いているときはカバーがかけられ、ハッチ厚すら隠しますし、進水時には書かれてあった艦番号は就役時には消され個艦識別がしにくくなるように配慮されます。乗員はどこに行くかも知らされず、また出港は家族にも伝えることができません。

日本は先の大戦時に伊号などの大型潜水艦をすでに製造していた経験もあり、航空機まで搭載していた艦もあります。歴史的にも潜水艦とは縁が深いのです。通常潜では世界一の製造・運用能力を誇ります。

潜水艦は一度潜ると艦位がわかりません。潜航中はGPSなどの測位衛星の信号は受信できず、昔みたいに天測するためにしょっちゅう浮上をするわけにもいきません。

なので方位はジャイロコンパス・速力は加速度計で測定し、慣性航法装置が外力も加味した数値を算定することで自艦の位置が分かります。この精度は世界一ともいわれます。

【通常潜と原潜】

潜水艦は動力を大別して「通常動力型潜水艦(通常潜)」と「原子力潜水艦(原潜)」に分かれます。

「通常動力型」はディーゼルエンジン燃料電池スターリングエンジンもある)とバッテリ、モーターを搭載し浮上中はエンジンで推進し、また発電した電力を充電します。エンジン駆動中は騒音と排気ガスが発生し、また水面に露出しているため潜水艦にとっては極めて危険な時間帯です。

水中はバッテリ駆動で推進します。「そうりゅう型」以降はリチウムイオンを採用し従来の鉛蓄電池よりも高性能になりましたが、艦内酸素やバッテリの都合上、潜航時間も限度があり、出力も小さく水中速力も最大20ノット程度でそれも長くは使えません。通常は数ノットで進みます。電池残量命ですもんね。

反面、通常潜は水中ではモーターですので非常に静粛性が高く、モーターも止めてじっとしていればほぼ無音。艦体も小型(そうりゅう型で水中排水量4,000トン、全長84m)なのでアクティブソーナーの反射面積も少なく発見されにくい点は利点です。

とはいえ、海自の潜水艦ってそこそこ大きいと思いますが。

原潜は冷却水を回すポンプは止められず騒音は発生し続け、3次冷却水は温水なので潜航深度が浅ければ熱源探知も可能で、艦体は一般的には大型で5,000トン以上(バージニアBlockⅤで水中排水量10,000トン、全長140mほど)になるのでソーナー反射面積も大きく、隠密性では劣ります。

米最新戦略原潜である「コロンビア級」などはさらに巨大で、水中排水量20,000トン、全長170m。また潜水艦は金属の塊であるため磁気による探知もおこなわれますが、これも小型の通常潜は有利です。(フランスには3,000トンくらいの小型の原潜があったり、ロシアには磁性を帯びないチタン製の潜水艦もあり例外も多々ありますのであくまで一般論です)

原潜は動力が原子炉であるゆえに非大気依存で大出力なので、水中速力も30ノット以上を継続して出せたりします。

つまりA地点で原潜を発見したとしても一旦見失えば(失探)、高速で移動していることを想定して広範囲を探索しなければならず、突然遠く離れたB地点に出現することもありえるのです。これは原潜ならではの芸当です。

長射程ミサイルを発射後に潜航し高速で移動してしまえば、敵が気づいて発射点に来ても既にそこにはいません。高速を活かしてヒットアンドアウェイができます。

また高速であるということは戦域に進出する時間が短くて済みます。これは敵に大きな負荷を強いることができます。

多くの原潜は加圧水型原子炉を採用し、燃料の交換を運用期間中にほぼしないで済むように高濃縮ウラン235を使用します。復水器に用いる海水は周囲にいくらでもあります。最新型の炉では燃料は艦の寿命と同等の30年は持つといわれます。燃料が核兵器と同等の濃縮率である点がNPT上、実質的に原潜が常任理事国にしか保有が認められない理由です。

駆動は原子炉の蒸気を吹き付けてタービンを回転させ減速ギアを介してプロペラを回転させる、ギアードタービン方式が効率が高いため主流ですが、これは騒音の一因となります。静粛性の優れる発電した電力でモーターを回転させるターボエレクトリック方式もアメリカの最新潜水艦コロンビア級で採用されるようです。それでも冷却水循環ポンプは動かすので静粛性は通常潜には及びません。

一応、自然循環でも冷却ができるような構造にはなっていますが、静粛性というよりも安全対策の一環です。

推進器であるプロペラは細長く捻じれたような形のスキュードプロペラで静粛性のために1軸推進が大半です。このプロペラ形状も極秘扱いで進水式などではカバーで隠され見えなくされます。

【運用】

潜水艦にも運用方法によっていくつかのタイプがあり、相手潜水艦や水上艦、対地目標を攻撃するための色んな武器を搭載します。(対艦には長魚雷やハープーン、対地にはトマホークなど)このような役割の汎用潜水艦は通常潜・原潜ともにあります。

核抑止力3本柱のひとつとして核弾道ミサイル戦略核)を搭載し、静かにどこかで潜航している戦略ミサイル原潜もあります。英・仏は戦略核運用は原潜のみ。このように潜水艦は多様な攻撃手段のプラットフォームとなっています。

長期間潜航し大型の弾道ミサイルを多数搭載できる原潜は、戦略核と相性が良いのですが、原潜が必ず核兵器を搭載している訳ではありません。汎用潜水艦の搭載兵器である「長魚雷」「ハープーン」「トマホーク」などは非核兵器です。その点は誤解なきように。

米では元々戦略ミサイル原潜であったオハイオ級をロシアとの条約(STARTⅡ)によって4隻削減し、その艦を巡航ミサイル原潜に変更し運用しています。トマホークを154発も搭載している対地の鬼です。

アメリカは遠い地域まで空母打撃群が進出する必要上、それに随伴するためには高速で長期間潜航できる原潜が適しています。

また太平洋・大西洋に囲まれたアメリカは脅威の対象となる国は遠方にあるうえ、海洋の哨戒任務も戦略原潜の護衛も、長距離進出が必要ですので原潜しか保有していません。

冷戦期には戦略原潜北極海に潜んでいましたが、氷海の下に長期間潜航できるのは原潜をおいて不可能です。

中国は威圧と国威発揚と技術開発のため潜水艦戦力を増強中ですが、通常潜と原潜両方を保有。しかし他国に比べて騒音レベルがまだ高いとされています。ロシアも通常潜と原潜の両方を保有しています。ロシアってウクライナ侵略で経済制裁とかをうけているので、今後原潜戦力維持って大変なんじゃと思います。

北朝鮮や韓国は通常潜に弾道弾を搭載し運用しているのですが、弾道弾を運用するなら原潜のほうが適しており、いずれは原潜に移行するでしょう。これは英仏印と同じです。

北朝鮮は近いうちに露から技術供与を受けることを希望するでしょうし、韓国は米から旧型をレンタルするか購入するかを希望するでしょう。しかし米も潜水艦建造の計画は目いっぱいであり余裕がなく、韓国が米に新造を外注できる可能性は当面は低いでしょう。

日本は反撃能力保有の観点から、先制攻撃を受けても、生存性が高い潜水艦による反撃(対地攻撃)能力を高めるため、「たいげい型」を改修した新型にVLS(垂直発射器)を装備し、新開発する長射程巡航ミサイル(射程9001500km)を搭載すると考えられています。

【探知と攻撃】

航空機や水上艦などはレーダーで探知します。レーダーは電波ですから直進しほぼ正確に相手との距離などを測定できますが、水平線より向こうは探知できません。そのため航空機や他の艦船の探知情報をネットワークで共有し遠距離を探知します。

電波が使えない潜水艦はソーナー(音波)で相手を探知します。ソーナーには自ら発信し反射音を拾うアクティブソーナー、音を聴くだけのパッシブソーナーがあります。

アクティブは反射波を拾うので比較的正確に距離は測定できますが、こちらの位置も判明してしまいます。パッシブの場合は聴くだけなので、相手にこちらの存在が知られることはありませんが、相手との距離は正確にはわかりません。音の伝播速度は水中の状態(温度や塩分濃度など)によって変わるからです。

パッシブの場合は2つ以上のパッシブソーナーで聴音し三角測量で距離を測定しますが、容易ではありません。また水中には様々な音があるため、敵潜水艦の音かどうか判別するのは簡単ではありません。そもそも静かな相手であれば探知できない可能性もあります。

この点は原潜でも通常潜でも同じなので、より静かな通常潜は有利です。じっとしていれば自艦の雑音が殆ど無いためソーナーが良く効きます。敵と判断できなければ攻撃はできませんので探知技術は最も大切です。

それゆえ潜水艦に限らずセンサー能力は極秘で、潜水艦乗組員でもソーナーマン(聴音手)や幹部の一部しかその能力を知りません。水上艦では電波情報も同じ扱いで、CIC(戦闘指揮所)よりも機密度が高いのが通信室です。米原潜は艦首にアクティブ・パッシブの両ソーナーを装備していますが、海自はパッシブのみ。今後アクティブも搭載することを検討しています。

【日本の原潜保有について】

日本は東シナ海対馬海峡大隅海峡などの特定海域(領海及び接続水域に関する法律)や、宮古海峡などのチョークポイントを静かに哨戒するためには、原潜である必要はそれほどありませんでした。むしろ通常潜が都合が良かったのですが、原潜保有となるとそのハードルは極めて高くなります。

まずNPT(核不拡散条約)問題です。NPT核兵器を現有保有国以外に拡散することを防ぐための条約で、日本も批准しています。しかし非爆発的軍事利用自体は禁止していませんので、理論的には日本が推進力を得るために原潜保有することは可能です。つまり原発ですから。

しかし燃料である高濃縮のウランは核兵器に転用可能。これを燃料として使用しているとIAEAに証明しなければなりません。(NPT3条、保証処置一時停止規定)これがハードルが高いので、オーストラリアはAUKUSを通じ、IAEA国際原子力機関)と協力し、NPTの義務を遵守するとして、アメリカから原潜をレンタルか購入する計画です。

しかしそれでさえ中・露は核物質の保管場所や、量を同機関が査察できる保障措置に懸念が残るとして、停止を求めました。

IAEAもオーストラリアに対して保証処置の一時停止規定を認めてしまうと、それが抜け穴となって原潜取得を口実に核兵器の拡散が懸念されます。核保有を目指すイラン、原潜保有を目指す韓国などにも口実を与えます。

その問題を越えても、レンタルや購入では建造ノウハウは手に入らず、保守や点検もいつまでも他国に頼ることになります。インドは過去にロシアから原潜レンタルしていて散々苦労しましたので、原潜を自国開発しましたが、NPT非加盟であったからです。

日本はNPT加盟国であり、核不拡散体制の維持を推進してきましたので、日本が原潜保有となるとこの問題は避けられません。

特に福島第一原発処理水でさえ、中国は日本に対し水産物輸入禁止をしています。原潜保有となるとさらに厳しい経済的な威圧に対抗する覚悟が必要です。

国内でも反原子力派とか親中の人とかが大騒ぎしそうです。

そして高コストであることも問題です。価格は非常に高価で米の汎用原潜である「バージニア級」でおよそ4,000億円ほど。海自の「たいげい型」は約800億円ですから5倍です。同じ予算なら原潜1隻で通常潜5保有できることになり、一概に原潜が有利であるとは言い切れません。いくら原潜とはいえ通常潜が5倍あれば勝てない場合もあるでしょう(乗員の問題はあります)。

逆にいうと今と同じ予算なら現在の海自潜水艦22隻を4隻に減らすことになります。もし日本が原潜保有となれば現状に加えて艦隊随伴や太平洋パトロールの原潜3隻以上は必要でしょうから、予算・人員が相当増えないと運用できません。

さらに潜水艦の運用には艦があれば良いという訳ではありません。幸いにも国産原子炉開発と海自潜水艦はどちらも三菱重工業が担っていますので、技術的な問題は他国に比べて低くそうですが、運用や保守をする自衛隊や製造企業の教育訓練も必要です。何年かかるんだか・・・

昭和には国会で散々取り沙汰されましたが、原潜の寄港はどうでしょうか。

国民の核アレルギーは昔「原子力船むつ」でも露になりました。過去には米原潜の事前通告無しの寄港に際して当時の佐世保市長が「原潜の入港は遠慮されたい」と事実上の寄港拒否をしたこともありました。

現在、横須賀は原子力空母ロナルドレーガンの母港になり、時折米原潜も寄港しており神奈川県のHPでも寄港情報が公開されていますので、大きな問題はなさそうに感じますが、しかし海自潜水艦となると母港となります。第一潜水隊母港は呉ですが、呉市民は海自原潜の母港となることを許してくれるでしょうか。

廃棄物処理問題もあります。高濃縮であろうと使用後は核廃棄物処理が問題になってきます。関電でさえ中間貯蔵に苦労しています。ドックの放射線対策も重要になります。

万一停泊時にテロなどで被害を受ければ放射能漏れが懸念されますので、基地警備も厳重にしなければいけません。

よく問題視されるのは非核3原則ですが、原潜は核兵器運用に親和性が高いことは確かです。しかし非核3原則については、平成22年外務委員会での、岡田外務大臣答弁(当時民主党政権)では、「緊急事態ということが発生して、しかし、核の一時的寄港ということを認めないと日本の安全が守れないというような事態がもし発生したとすれば、それはその時の政権が政権の命運をかけて決断をし国民の皆さんに説明する。そういうことだと思っております」であり、現内閣も引き継いでいますので、核兵器の持ち込みは政権の判断で可能です。

しかし「持たず」「作らず」は生きているため、戦略核運用に適した原潜保有は議論が噴出することが予想されます。「原潜保有核兵器保有の準備か」と騒がれるでしょう。

しかし安全保障環境はますます厳しくなっていますし、中国海軍潜水艦戦力は巨大になりました。通常潜・原潜あわせて60隻以上で海自の3倍。

太平洋に抜けるルート上に日本があるため、現有の海自潜水艦22隻では抑えきれません。また反撃のための長射程巡航ミサイルを搭載した潜水艦を運用するにも、原潜は圧倒的に有利です。日本近海から敵地近くまで高速で進出し、ミサイルを発射し高速で退避できます。

また安倍政権が提唱し広く西側諸国に受け入れられた「自由で開かれたインド太平洋」を実現するには、海自艦艇の遠距離の進出が増えます。艦隊に随伴し長期任務には原潜が圧倒的に有利です。

国民的議論と検討、技術開発は進めていく必要がある時期にきていると考えます。日本独自の政治用語である「専守防衛」から「積極防衛」に変えていくためには避けて通れないと考えます。

【生活環境】

原潜は莫大な電力で海水から酸素や水を作ることもできるため、毎日シャワーも使えるなど居住性が高いと思われていますが、バージニア級では3名で2つのベッドを交代で使うなどそれなりに大変な勤務です。海自潜水艦乗員の皆さま、大変な勤務なのに、見守ってくださってありがとうございます。

原潜は事実上無制限に潜水し航海できますが、搭載している食料や乗員のストレス、機器類のメンテナンスなどもあるため、長期でも23か月のようです。しかしロシアの戦略原潜には運動用にプール付きがあるとか・・・原潜のなせる技です。

海自の潜水艦は任務は通常2~3週間のようですし、搭載した水も使用が制限されシャワーも3日毎とも。因みに食事は14回、食事は美味しいと言われる海自の中でも潜水艦はぴか一だそうです。景色も見えない狭い艦内での過酷な勤務ですから食事くらいはということのようです。夜間は赤色灯を点灯させ時間間隔を維持しています。

【海江田四郎の目指したもの】

過去、このシリーズで何度も書きましたが、国際社会はアナーキーです。国内では警察機構が法に強制力を担保しますが、国家以上の権力組織は存在しません。積み上げられた慣習国際法国連憲章、規約、条約などの国際法をよりどころとし、司法制度もあるものの、国内のような強制力はありません。近年ではロシアによるウクライナ侵略がその例でしょう。(国際法が無意味と言っている訳ではありません。)

沈黙の艦隊では、強力な核搭載可能な原潜による国家の統制に捉われない「戦闘国家」を形成し、核武力による強制力により世界の核使用を抑止し、戦争を根絶しようとすることがテーマになっています。

海江田四郎の考え方には個人的には賛同できませんが、冷戦期に生まれた作品ならではの設定ですね。沈黙の艦隊はまさに世相を反映した素晴らしい作品です。

国際社会はアナーキーであること、武力には武力で対抗せざるを得ない現実を示した点で、今こそ読まれるべき作品なのかもしれません。