海洋立国論

勉強のつもりで書いています。

災害派遣で活躍するUH-60J

災害派遣
今回の台風19号は各地に甚大な被害をもたらしていますが、今回に限らず自衛隊都道府県から災害派遣要請があった場合に駆けつける多くの部隊の映像が流れます。そのなかで、ヘリコプターで被災者を吊り上げて救助している映像を見かけます。それが写真の航空自衛隊・救難ヘリコプターUH-60Jです。
また、少し仕様は異なりますが、同様の機体は陸自のUH-60JA 海自のSH-60J/Kなどがあります。

 

救難隊

航空自衛隊の航空救難団には救難隊が10か所(千歳、秋田、松島、百里、新潟、浜松、小松、芦屋、新田原、那覇 )あり、任務の特性上24時間365日待機しています。
ベースとなった機体は、アメリカ・シコルスキーエアクラフト社の「通称:ブラックホーク」であり、日本では三菱重工ライセンス生産し1991年に初号機を納入(2015年以降は能力向上型)しました。
映画「ブラックホークダウン」では、ソマリアの戦地で運用され墜落するシーンが描かれています。
多くの派生型がありますが、中型軍用ヘリコプターとしてはベストセラー機で世界中で運用される信頼性の高い機体です。

 

救難機として
航空自衛隊ではこの機体を魔改造し、人を助けるための装備をし、厳しい訓練を積んだ隊員が5名搭乗しています。(正副パイロット2名、機上整備員1名、救難員2名)
エンジンは2基搭載しており大きな出力を発揮。
航続時間を稼ぐために機体の両横にゴム製の「増槽」(でっかい燃料タンク)を取り付けています。

機体の先頭に突き出た棒は、空中給油の為の「プローブ」と呼ばれる装置。(長距離の進出の場合で空中給油が必要な時に使いますが、全ての機体に装備されている訳ではありません)
機首の丸いでっぱりは赤外線暗視装置で、夜間の捜索をおこないやすくするための装備です。
また機体の側面に丸窓がついていますが、「バブルキャノピー」と呼ばれる下方を広く探索する為の窓です。
パイロットを補助し安全に救助するため、ホバリング(空中停止)を安定してする為の装置や、一定方向に機体を向ける装置、気象レーダーがついています。

 

高い技量の救難員
救難員の試験は28歳以下で
【水泳検定】クロール500mを12分59秒以内、横潜水25メートル以上、水深4mで呼吸停止30秒以上、立泳ぎ5分以上
【体力検定】懸垂10回以上、腕立て伏せ40回以上、腹筋45回以上、かがみ跳躍45回以上、300m走64.9秒以内、重量物(65kg)搬送200m以上 。

合格したら過酷な訓練(教育)を1年。さらに空挺レンジャー」課程を修了しているそうなので、要救助者は助けに来てくれたら、指示に従い全てお任せしましょう。

 

司令官
現在の航空救難団司令(40代)は、川波清明・空将捕・防大32期で、この4月に着任したばかり。

「我が国は昔から地震、台風、火山噴火、大雨、洪水など自然災害が多いところです。こういった災害が発生しないことを心から祈ってはいますが、万が一に備えることも我々の務めだと思っております。航空救難団は24時間365日いざという時に国民の皆様のご期待に応えるべく日々精進して参ります。 」とHPで述べられています。

 

自衛隊を「軍隊」だとして忌避するのではなく、あらゆる災厄から我々国民を命がけで守ってくれる組織として、身近に感じていただければと思います。

(写真は航空自衛隊HPより転載)

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UH-60J

 

2018年の軍事費について

スウェーデンとSIPRI

ストックホルム国際平和研究所(略称SIPRI)という、軍事関連を主な研究としている国際的に評価も高いシンクタンクがあります。

所在地のあるスウェーデン北大西洋条約機構NATO)非加盟で軍事非同盟を政策の基本として、おおむね中立の立場をとりながらも、ロシアに近い事などもあって自国開発・生産の兵器を揃え、ロシアのクリミア併合など自国の安全保障環境の変化に対応して徴兵制復活させた重武装な国家です。

 

スウェーデンの兵器産業で有名なのはサーブ社です。

サーブ社は優秀な戦闘機を開発しており、現行のサーブグリペンEは高い電子戦能力で自国領内で戦うことに特化しており、西側の多種の対空ミサイルや最新鋭の長距離空対空ミサイル・ミーティアを搭載可能、高速道路の僅かな直線(800m)でも発進できる短距離離着陸性能、再整備後に再出撃するまでが短時間で済む、維持運用経費が極めて安価など高性能の機体です。

日本の装備品調達に関してのあらゆる制約を無視すると、個人的には陸上運用に限ってはF-35ではなくグリペンEが最良の選択では無いのかなと思います。

中立的とはいいながらも、国際平和協力活動(PKO)などやNATOEU諸国との防衛協力は積極的に推進しています。平和賞を除くノーベル賞で有名な国ですね。(実は今回のノーベル賞発表で思いついたネタです)

 

軍事費は増えている

今回はそのSIPRIのレポートから軍事費についてご紹介します。軍事費は各国の脅威・緊張度の高まりを考えるのに理解しやすい指標です。

 

以前にも書いた通り、民主国家では軍事費は抑制したい支出(軍事費が増える事は平和の配当の減少)です。緊張が無い場合は減らしたい支出ですので、冷戦崩壊後は低水準のレベルでしたが、近年はかなり増加しています。

2018年の世界の軍事費は、前年比2.6%増で、支出上位5か国は 1:アメリカ 2:中国 3:サウジアラビア 4:インド 5:フランスであり、これらで全支出の60%、全軍事費の対GDP比平均は2.1%であり、冷戦後(1995)最低だった軍事費よりも75%増加しています。

アメリカは6,490億ドルとトランプ政権による積極的な武器調達によって増加、中国は2,500億ドルで24年連続支出が増加し1994年のおよそ10倍と激増。これは全世界支出の14%です。米中の軍事費増が全体を押し上げています。

 

アジア・オセアニア

アジア・オセアニア地域としても増加をしており、全世界支出のうち1988年には9%であったものが、2018年には28%です。

インド VS パキスタン、 覇権国アメリカ VS 挑戦国の中国、高いレベルで推移する韓国などの支出が主な理由です。

特に中国はこの地域の支出のおよそ半分を占めています。10年ほど前はおよそ3割であったことを考えると周辺諸国が脅威を感じるのには十分な数字でしょう。

主任研究員のSiemon Wezeman氏のコメントは、「アジアの国々と中国と米国の間緊張が、この地域における軍事費の継続的な成長の主な原動力です」と述べています。

シリア情勢で注目されるトルコですが、軍事支出は極めて高いレベルで増加しており、2018年は前年比24%増となっています。日本は軍事費(防衛費)は9位ですが、GDP比1%の枠は超えていません。

ロシアは6位とはいえ前年から3.5%減少していますが、ロシアの脅威が高いウクライナなどは21%増となっています。東欧諸国は比較的高い比率です。

 

中東

また、中東は軍事的緊張が高いレベルであるため、軍事費のGDP比は高くなっており、GDP比の高い国上位10か国のうち6か国がサウジアラビアオマーンクウェートなどの中東諸国です。まぁいつ爆発してもおかしくない地域ですので怖いですね。

 

誤認を防ぐために 

ただし軍事費の扱いについては各国によってバラつきもありますのでこの数字が全てでは無い事には注意が必要です。総額だけではなく内訳や装備品の性能も重要な指標です。特に中国は正確な軍事費を公表していませんし、また経済成長と軍事費は必ずしもリンクするものでもありません。

戦争の原因について多くの研究者が分析し研究し続けていますが、そもそも定義が曖昧でいまだ結論がでていません。戦争~紛争には様々な種類と数があり、分類するのでさえ難しそうです。

しかし誤認が戦争の遠因であるとする論やそのような分析もありますので、軍事費の透明性の確保によって相手に脅威を与えない仕組みや努力は必要です。

民主主義を採用している国家の殆どは内訳を公表していますが、覇権的な国は積極的に公表しない傾向にありますので、国際的なルールづくりができればいいのですが、国家よりも上位政府が無いアナーキーな現実世界では、ハードルが高い目標かもしれません。

 

 

孤立化する台湾

【台湾の孤立化】

2016年5月時点(蔡英文総統就任時)では、台湾と正式な外交関係を結んでいる国は22か国ありましたが、中国の外交的・金銭的圧力によって減少し、16年12月=サントメ・プリンシベ(赤道ギニア近くの島国)、17年=パナマ、18年=ドミニカ共和国カリブ海)、ブルキナファソ(アフリカ)、18年=エルサルバドル(中米)、そして今年9月相次いでソロモン諸島キリバス(南太平洋)が断交しました。

 

 【目指すのは中華統一】

中国(清)は1840年アヘン戦争によって香港をイギリスに割譲、1894年には日本に台湾を割譲したうえ、韓国に対する宗主国の地位を奪われました。

大東亜戦争(太平洋戦争)終戦後、日本と戦った国民党は台湾に逃れ中華民国が成立、その後3度の台湾海峡危機が起きました。95~96年の第三次危機では中国(江沢民)政権が、台湾(李登輝)に対してミサイルで恫喝しましたが、アメリカは空母戦闘群を派遣し、海軍力の大きく劣る中国海軍は引きさがり悔しい思いをしました。これは当時の中国が大国ではない事を証明してしまいました。

さて、習金平は国家主席の任期を撤廃し、「中華民族の偉大な復興という中国の夢」を語り、経済を世界2位に押し上げたうえ「一帯一路イニシアチブ(経済圏構想)」「中国製造2025(産業政策)」「AIIB(アジアインフラ投資銀行)」を提唱し、中華思想による秩序拡大によってアメリカに変わる覇権国の地位を目指していますが、順調にいっているとは言えません。

「一帯一路イニシアチブ」は「債務のワナ」が指摘されて多くの国々が警戒しはじめ、「中国製造2025」は「米中貿易戦争」で先行き不透明、「AIIB」は目標融資額に届いていないのです。

台湾も2014年に起きた「ひまわり学生運動」によって、現在の民進党政権が誕生して独立指向の現総統となり、香港も学生運動で思うようコントロールできません。

 

【武力統一】

中国は台湾も香港も「核心的利益」であって「国内問題」であるとして諸外国の介入を許しませんし、「軍事力行使」は否定していません。

天安門事件の時代と異なり、相当な口実が無いとなかなか武力行使はできないですが、ロシアのプーチン政権がおこなった「クリミア併合」は諸外国の介入を許す時間を与えずに実効支配できる事を証明したのは参考にしているはずです。中国は軍事力・経済力ともロシアの数倍の力を持っているのですから。

習金平政権は権力維持のために台湾に対して手を緩めることはできませんが、武力での台湾吸収は最もハードルが高いとして、グレーゾーンで活動を続けています。(シャープパワーの行使)

台湾に対しては、前の国民党・馬英九政権時の懐柔策や、台湾をWHOなどの国際機関から締め出す、マスメディアへの介入や放送の買収、退役軍人へのハニートラップ、外交関係の遮断などでプレッシャーをかけています。

南太平洋諸国へは、フィジー孔子学院を設立し中国文化などの教育、奨学金の提供、南太平洋諸国への中国国営放送の無料放送、大量の旅行者を送りこみ親中的な素地を作り上げつつあります。

人民解放軍も米軍に対抗できるように装備の更新や開発、統合運用能力を高めるためにPKOを通じて外征軍としての実績を積み、軍制度の大胆な改革を進め、空母や爆撃機での示威行為などをおこなっています。最早、台湾が独自で中国に対峙するのは不可能です。

 

【海洋権益の確保】

南太平洋諸国は経済規模も国土面積も小さく人口も少ないですが、日本の4倍以上の広大なEEZ排他的経済水域)を持っています。

膨大な人口を養うための魅力的な海洋資源が多くあります。経済成長に伴って、コイを食べていた中国人がマグロ・カツオを食べるようになるのです。海底にも多くの資源が埋もれているかもしれません。

これらの開発に伴い海洋測量や南太平洋諸国での港湾整備や通信などを充実させれば、資源と軍事拠点の確保と拡大が同時にできます。

実際にバヌアツは中国の手によって埠頭の開発が行われ、フィジーパプアニューギニアなども目標になっています。しかし反動もあり、債務過多になった国や経済に影響が大きすぎて警戒している国もあります。

ただ経済規模が何桁も違う国ばかり。中国依存は麻薬のように魅力的にうつるでしょう。人口も少ないため、経済活動に伴って帰化する中国人(華人)が増えれば、選挙や政策にも影響力が発揮できます。ナウルでは中国に批判的な前大統領が落選しています。

 

シーレーン遮断】

ソロモン海、珊瑚海は大日本帝国アメリカが激しく戦った場所です。3次にわたるソロモン海海戦、珊瑚海海戦、サボ島沖海戦ガダルカナル島争奪戦、ラバウル・・・あのあたりには多くの日米の基地があり凄絶な戦いを繰り広げました。日本側はアメリカとオーストラリアのシーレーン遮断を目的として戦線を拡大し大消耗戦となりました。

今回も同様な効果が見込めます。レーダーや音響センサーによって艦船や航空機、潜水艦の行動を監視するなど米豪軍の監視、有事にはシーレーン遮断が果たせるかもしれませんし、万一台湾に武力行使する場合でも米豪軍の接近阻止・遅延に役立ちます。オーストラリアにとっても安全保障上の脅威となりますし、日本もオーストラリアから石炭・鉄鉱石・アルミ鉱石など多くの資源を輸入しており、安全保障上極めて重要な地域です。

 

【日本の役割】

日本は南太平洋諸国とは縁が深くこれからも災害支援や人道支援、医療支援などでコミットし続け、太平洋諸国の経済的自立を促進し、中国とのバランスをとる必要があります。

米豪・ニュージーランド・植民地を持っていたフランス・イギリスとの連携した軍事演習を当該海域で実施したり、ラグビーやオリンピックを通じたスポーツ交流など、平和目的の支援を続けなければなりません。そうすることが間接的に台湾支援になりますし、これならば中国をそれほど刺激しません。

 

日中共同声明

日本は「日中共同声明」の2項と3項に従って行動しなければなりませんので、一部の方が言うような「親日国の台湾と正式に国交」が簡単にできません。

国会での政府答弁も従来通り、非政府間実務関係として維持し、日中共同声明を厳守し独立は認めていません。

平成24年(野田内閣)衆議院での一般質問で、東日本大震災にいち早く救援隊が駆けつけ、民間からの義援金が250億円など多大な援助をしてくれた台湾に対して、追悼式での扱いが一般客であり指名献花もさせずでは非礼では無いか、正式国交を結ぶべきではないかとの質問がなされましたが、この時も「従来通り」と答弁がなされています。

平成30年2月6日の台湾東部地震において、首相官邸にお見舞いのメッセージが掲載されましたが、当初宛先名は「蔡英文総統閣下」となっていましたが、その後その宛先は「台湾の皆様へ」に変更されていることからも、中国への配慮があるように思います。私個人の心情的には残念ですが、政府としては止むを得ない判断でしょう。

 

アメリカの立場】

アメリカは台湾を手放すと中国の太平洋への進出に歯止めが係らなくなるため、「一つの中国」を認めつつも、1979年に制定した「台湾関係法」を根拠に武器の売却を再開、昨年は「台湾旅行法」を制定し、高級官僚の交流を促すなど正式国交は無いものの弱い軍事同盟の状態を作っています。

 

【日本はどうする】

日本にはアメリカのように中国と対峙できる経済力と軍事力はありませんが、台湾を突破されると東シナ海~西太平洋の権益を損なう恐れがありますので、諸外国と協調しながら価値観を共有し親日的な台湾を維持し続けることが国益にかなう事だと思います。民間や企業の活発な交流こそが台湾を維持し、そのことが日本の国益を守ります。

ハードルはかなり高いものの、オーストラリアと軍事同盟の締結ができれば、南太平洋諸国や中国に対しても抑止力が発揮されることになります。

 

日中共同声明

2 日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。

3 中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。

 

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南太平洋とその国々

 

戦艦・大和(後編)

大和の後半生を見ていきます。

 

【世界最大の巨艦就役】

ハワイ真珠湾攻撃時にはまだ就役していなかった大和ですがその後すぐに就役、翌年2月に連合艦隊旗艦になりました。兵器としてはもはや無用の長物であり貴重な燃料を食うわりに低速な巨艦。

しかし威容を誇る美しい艦形はやはり多くの関係者を魅了した事でしょう。

 

ミッドウェー海戦

1942年(昭和17年)5月に連合艦隊司令長官山本五十六は早期講和を目指し、ミッドウェー作戦を実施しましたが、6月5日に機動部隊の主力空母4隻(赤城・加賀・蒼龍・飛龍)を喪失しました。

この時、山本長官の乗った「大和」はミッドウェー攻略本隊として600キロほど後方にいましたが、空母がいなくなった艦隊ではミッドウェー攻略も難しくなり引き返しています。

その後トラック泊地に停泊する事が多くなり、前編で書いた「大和ホテル」と呼ばれます。

 

【戊号(ぼごう)輸送】

1943年(昭和18年)12月、「大和」は横須賀からトラック島へ物資や兵員を輸送する任務に就いていましたが、トラック泊地に入港直前にアメリカ潜水艦「スケート」から発射された魚雷の4発のうち1発を被弾。

右舷に4度傾斜し3000トン浸水。このとき想定外の浸水量があったことは設計上の不具合を露呈しました。自慢の水密区画が被雷によって歪み、艦中央部まで想定以上の浸水を起こしたのです。

しかし、駆逐艦なら1発で沈む魚雷攻撃にあっても注水によって傾斜は回復しましたので、運用側は「流石不沈艦である」と思ったのではないでしょうか。

この頃は制海権・制空権ともアメリカに奪われつつあり、兵員・物資の輸送とも軍艦でなければ輸送できないような状況になっていたのです。

 

レイテ沖海戦・捷号作戦】

海軍が起死回生を図った総力戦が通称「レイテ沖海戦(日本名:比島沖海戦)」です。アメリカのフィリピン上陸を阻止すべくフィリピン近海で陸海軍共同でおこなった作戦ですが、海軍の艦艇の8割の63隻、ほぼ全てを投入した海戦でした。

迎え撃つ米軍も軍艦170隻を投入。戦域も広く史上最大最後の大海戦でした。

空母中心の機動部隊が囮となり敵空母艦隊を誘引し北上、その間隙をぬって戦艦部隊がレイテ湾に突入し敵部隊を撃滅しようとするものでした。

この作戦において「大和」の同型艦「武蔵」が魚雷20本爆弾10発を受けて沈没。囮となった機動部隊も全滅。その他多くの艦艇も沈没しました。

「大和」はこの時に直撃弾1発を食らいましたが、初めて敵艦艇に向けて主砲を発射し、100発ほどの砲撃でアメリカの護衛空母ガンビアベイ」を撃沈しています。

この作戦では初めて「特攻作戦」が組織的におこなわれました。「大和」は10月23日呉に戻ります。

 

【沖縄水上特攻・天号作戦】

「大和」最後の戦いは有名な「天号作戦・海上特攻隊」です。

1945年(昭和20年)4月1日米軍が沖縄に上陸。これに反撃するため5日に天号作戦が発令されました。

沖縄に突入し座礁させ陸上砲台として大和を使うという無茶苦茶な作戦です。当然進路上に米軍が待ち構えています。アメリカは空母12隻航空機800機を数え、対する日本には上空を援護できる航空機はありません。

第二艦隊司令長官の伊藤整一中将はこの無謀な作戦に猛反対しましたが、「一億総特攻の魁となって欲しい」との言葉に従います。大和を片道で特攻させる訳にはいかないと、満載の7割ほどの燃料を他の艦艇から抜き取ってまでかき集め作戦は決行されます。

4月7日8時15分索敵機に発見され11時7分戦闘開始。

12時45分に左艦首付近に魚雷が命中。その後次々に魚雷が命中します。被雷した魚雷10本のうち8本が左舷側でした。

これは同型艦の武蔵の時に20本もの魚雷が必要だった事を踏まえ、攻撃を片側に集中させたのです。

大和は都度注水し傾斜を復元しますが、その度に速力は落ちていきました。14時20分に復元不能となり作戦中止が命令され、伊藤長官は駆逐艦に乗員救助を命令し「皆、ご苦労さまでした。残念だったね」と言い残し、長官室に入り内から鍵をかけ艦と運命を共にしました。享年54歳。

14時27分1000mもの爆炎をあげて大和は横転転覆し、有賀艦長以下乗り組み員3000名と海に沈みました。救助されたのはたった290名。沈没地点は北緯30度43分・東経128度04分水深345m。

 

日本海軍の終焉でした。

 

欧米の艦船と比べればどことなく日本的な美しさを備えた大和は、日本海軍の誇る日本の象徴たるべき艦でした。

開国以来、欧米列強に追いつけ追い越せとやってきて、世界一の大戦艦を建造したことは日本人の能力と熱意の表れだと思います。

しかし、日本は退くべき時に退く事ができず、戦力の逐次投入を繰り返し、使う場所と時間を間違え、前線で得た経験を次に活かす仕組みも無く、能力よりも兵学校時代の成績(ハンモックナンバー)が昇進に影響するなど硬直化した組織でした。

日本軍(あるいは日本人そのものと言ってもいい)は、過去の成功体験を引きずり、協調を好むあまり閉鎖的となり変革を避け、異端者を排除する風潮がありました。

これではイノベーションは起こりえません。大鑑巨砲主義に長く固執したことや、日露戦争以来の銃剣突撃、零戦の性能と搭乗員の技量に依存した空戦、海上護衛戦と補給や兵站を軽視する風潮。

一方のアメリカは撃墜されたパイロットを、潜水艦などで救助しのちに教官として経験を役立てたり、戦闘の記録を詳細に分析し対応策をすぐに講じるなど柔軟に戦いました。

兵学校の成績に関わらず優秀な人材は積極的に登用し、新兵器の開発にも注力。

海兵隊まで創設するなど欧州戦線の教訓も太平洋で活かしています。組織論でも情報戦でも科学力でも工業力でも日本はアメリカに負けました。

 

しかし、この当時は多くの将兵は「日本の為家族の為に少しでも敵を多くやっつけてやるぞ。」その為なら命を投げ出す覚悟であり実際にそうしたのであったと思います。

もし日本が選択した道が誤っていたとしても、後世の平和な時代に生きる我々に先人を断罪する資格はありません。ただ、結果として日本は歴史を繋ぐ事ができています。そのことを感謝しつつご冥福を祈らずにはおられません。

二度と戦争を起こさないために、起こさせないために日本は「外交力・経済力・軍事力」によって高い「抑止力」とそれを制御する「仕組み」と「理性」が、ますます必要になっているのだと思います。

 

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大和ミュージアムの1/10模型

 

戦艦・大和(前編)

実は大和については詳しく書いたことがありません。

 

では、何故今になって書くのかというと・・・私も数年前に行きましたが、最近、友人が「大和ミュージアム」に行ったからです。

 まぁきっかけなんてそんなものでしょ。(笑)

 

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大和ミュージアム

男のロマン

さて、戦艦・大和をご存知の方も多い事かと思いますが、太平洋戦争時に大日本帝国海軍が建造した、当時世界最大の「戦艦」です。機能美はこうあるべしというくらい美しい艦です。大和を扱う映画も多く、また宇宙戦艦ヤマトになったり、男の子はプラモ作ったり。兵器ですが、日本人の多くを未だに魅了しています。

男のロマンって単純に表現したら女性から怒られそうですし、多くの人が戦死した兵器なんで左側の人にも怒られそうですが、私はそう思うんですから。(^◇^)

(大砲を積んでりゃ全部「戦艦」かと思いきや、実はちゃんと区分があるんですが割愛)

 

【建艦競争へ】

1934年(昭和9年)12月に日本は「ワシントン海軍軍備制限条約(1922年12月成立)」の脱退を通告します。(1936年失効)同時にロンドン海軍軍縮会議からも脱退。

ワシントン海軍軍縮条約・・・対・英米日の主力艦(戦艦など)の比率を5:5:3と定め、一定期間建造を禁止した。

ロンドン海軍軍縮会議・・・同様に補助艦(巡洋艦駆逐艦など)の保有比率を10:10:6.97とした。

海軍の条約派・左派三羽カラスと呼ばれる、山本五十六・米内光正・井上成美などは非戦を唱えており、国力の違い過ぎるアメリカとの軍拡競争を憂慮し脱退に反対でした。制限が無くなると、差は開く一方であると訴えています。実際に戦争末期にはアメリカは毎週末空母を進水させるほどの工業力を発揮しています。

これで約15年続いた軍縮時代(ネーバルホリデー)は終わり建艦競争に突入しました。

 

大艦巨砲主義

当時の主流の考え方は大艦巨砲主義と言い、海戦の主役は戦艦であり砲撃戦であるとするものですが、これを決定づけたのはある意味「日本海海戦」です。この時日本艦隊はロシア艦隊に海戦で勝利しますが、それは戦艦による砲撃戦の有効性を証明しました。

こののち、「大鑑巨砲主義」が時代遅れで「航空戦」になる事を真珠湾攻撃マレー沖海戦で証明したのも日本でしたが、大和が計画され建造されていた時はまだ「大鑑巨砲主義」が主役でした。

山本五十六は「無用の長物」と言い、井上成美などは「明治の頭をもって昭和の軍備をおこなわんとするものである」と言いきり、航空機主役を訴えています。

 

【第一号艦計画】

先立つこと1934年(昭和9年)10月、海軍は福田哲二造船大佐に世界最大の巨艦の設計を命令します。

A-140計画(後に第一号艦)と呼ばれた計画が「大和建造計画」でした。

福田大佐は手記で「我々ハコノ時ヲ鶴首シテ待チ構エテイタ」と言っていますので、設計者冥利に尽きる計画だったのでしょう。

巨大建造物に製作者が燃えるのはなんとなくわかりませんか?スカイツリーだって東京タワーだって瀬戸大橋だって黒四ダムだって心境は同じかもしれませんねぇ。

 

【起工】

1937年(昭和12年)11月4日に広島県・呉海軍工廠で起工しました。実は修理ドックは現存しており、現在はJMU(ジャパンマリンユナイテッド)が使用しています。呉に行くと目立つように書いてあったように記憶しています。

 

主砲は46cm(長さ25m)を3連装を3基、計9門。(砲塔1基で2700トン)・主砲弾重量1400キロを900発・最大射程は41kmもあります。

防御も鉄壁で艦体中央部の重要部分(ボイラーや弾薬庫など)の装甲厚は最大で41cm。煙突口にもハチの巣装甲と呼ぶ装甲を施し、艦内を1147に区切って防水区画とし、最新鋭の「注排水システム」を備え、浸水しても艦を水平に保ちます。

敵との距離を測る「測距儀」の幅も15mと世界最大。後の我が国の工学技術の発展の基礎になり、造船に際し採用したブロック工法・早期艤装技術などの建造システムは、後の石川島播磨重工業の「経済船」に取り入れられ、造船大国日本を築き、そして世界に広まりました。

艦首は新技術の「球状艦首」を採用し抵抗を低減することに成功。

球状艦首は「バルバスバウ」と呼ばれ、現在では多くの船が採用しています。開発時には巨大水槽で何度も実験しました。その水槽は今でも防衛装備庁艦艇装備研究所で利用されています。

因みにスクリューの直径は5mもあります。

 

東京都目黒区に現存する巨大水槽。中央の長細い緑の屋根が水槽のある建屋。

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googleマップより)

 

分厚い装甲と十分な予備浮力・46cm主砲9門・基準排水量64,000トン・全長263m・最大幅38.9m・艦底からの高さ54m。

主砲発射時の爆風から守るため、「艦載機(偵察、連絡用に搭載)」「内火艇(上陸、連絡用に搭載した小舟)」は艦内に収容可能で、乗り組み員は3000名以上。

これほどの装備でありながらコンパクトに設計されています。

 

【大和ホテル】

士官室はクーラーが完備され、軍楽隊も乗艦。上級幹部の食事は一流ホテル並み。兵にもアイスクリームやサイダーがよく提供されたようです。

就役後は連合艦隊旗艦としてトラック泊地(現ミクロネシア連邦チューク諸島)で停泊している事が多かったため、豪華装備と相まって「大和ホテル」と揶揄されていました。

 

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トラック諸島(チューク諸島)の位置

 

【就役】

建造費は1億3780万円。(6兆円に相当)国家予算の6%をつぎ込み、設計から6年の歳月を費やして、1941年(昭和16年)12月7日公試(テスト)終了、12月16日就役。

この時に、艦名付与基準(明治33年制定)に基づき、律令国家時代の国名から「大和」と命名されました。命名基準については2019/05/31の記事を参照してください)

大日本帝国憲法では軍の統帥は天皇で、軍艦の命名天皇が決定します。海軍からは当初「大和」と「信濃」が提案され、昭和天皇が「大和」と決定しました。

 

まさに最大・最強の浮沈艦と言える当時の世界最高技術の粋を集め、日本の威信と象徴たるべき巨大戦艦になりました。

 

「大和が沈むときは日本も沈む」とまで言われたそうです。

 

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大和ミュージアムの1/10模型

【極秘】

建造は国家の最重要機密であったため、沿線の鉄道には壁を設置し、ドックは大屋根で覆い、設計者すら現場に入る事を許されず、図面は分割され、主砲口径は40cmと偽りました。そのため戦争中、国民の多くはその存在を知りませんでした。

 

※米内光政(内閣総理大臣海軍大臣

山本五十六(元帥海軍大将・連合艦隊司令長官

※井上成美(大将・兵学校長・海軍次官

 階級、経歴は一部のみ記載しました。

(後編に続く) 

GSOMIA破棄について

GSOMIA(軍事情報包括保護協定)破棄について

2016年に締結した機微な軍事情報を扱うための協定ですが、この協定はもっと前に俎上にあがった事があります。 その際に締結直前に韓国側が一方的に交渉を中止。4年ほどの期間を経て、西側の結束を訴えるアメリカの仲介によって締結したいきさつがあります。

 

本来、韓国に対して有利な協定です。
日本は警戒監視衛星を7基運用中。韓国は保有していません。哨戒機も韓国の10倍。イージス艦の優秀なレーダーもあるうえ、沿岸部のJ/FPS-5(通称:ガメラレーダー)も4基あり、監視網は非常に濃密。 
弾道ミサイルなどの軌道計算などで得たデータは韓国側にとっても喉から手が出るほど欲しい情報。

 

逆に日本側が得る情報はさして多く無いと考えられています。
北朝鮮・中国を考えた時、日韓の軍事情報が融通できないことはアメリカにとっても痛手。だからこそ仲介していました。

 

韓国の思惑は「ホワイト国外しをした日本が悪い」としたいのでしょうが、アメリカの逆鱗に触れる可能性も高い。
通常、貿易などで2国間交渉が難航しても、軍事交流は続けるもの。でないとそこらじゅうで戦争になってしまいます。
一部の品目の輸出管理を通常の手続きに戻しただけであるうえ、現在まで輸出を拒否していません。手続きに問題無い場合は許可もでています。実害はまだ無いのです。

 

トランプ大統領は気まぐれなので、「あ~メンドクサイ」となった時、在韓米軍を引き上げると言いだしかねません。
在韓米軍は、対北朝鮮のトリップワイヤーとして機能させていたが、それがなくなると北の軍事侵攻が現実味を帯びます。
最近、頻繁に発射していたミサイルは完全に対韓国用のもの。これで金正恩が漁夫の利を得る。中露にもメリットしかありません。アメリカは激おこプンプン。

国連決議に基づき、北朝鮮背取り監視にはフランスやカナダ、オーストラリアなどと連携しているのに、肝心の韓国がこれでは・・・

 

しかし、これで日本は一歩も譲れなくなりました。安全保障は自国のみで完結できる時代では無いため、多国間協力をするのですが、GSOMIA復帰を日本から要請すると、「復帰する代わりになにをくれるのか」と要求されかねないからです。

 

今回の韓国の手法はリンケージ戦略と呼ばれるものにあたるのでしょうが、リンクさせるものを間違うと、とんでもない結果を生むもの。

 

11月には協定が失効しますが、どんでん返しはあるのかないのか?

このまま突き進んで「日韓基本条約」の破棄まで言いだすのか?

軍部のクーデターもあるのか?

まぁ、どれもシナリオとしてはあまり無いでしょうが、大丈夫なのか・・・韓国政府・・・

 旭日旗問題、慰安婦財団解散、徴用工裁判、レーダー照射・・・

止まらないですね。

 

時事ネタはあまり扱いませんが流石に書かずにいられないなぁ。

東京オリンピックとインパール作戦

なぜインパール作戦のことを書こうと思ったのか?

それは最近「東京オリンピック」を「インパール作戦」になぞらえる人のSNS投稿を見たからです。いつかは書こうとは思っていましたが良い機会?なので (^_^;)

インパール作戦のことを知っている人は多いと思います。書籍も多くテレビでも特集とかありますしね。

 

概要

大東亜戦争末期の1944年(昭和19年)3月から7月まで日本陸軍がおこなった作戦です。

インパールとはインド北東部にある急峻な山岳に囲まれた盆地にある町。

当時インドはイギリス領でしたが、イギリスは日本が支那(中国大陸)で戦っている「国民党軍(蒋介石政権)」に支援をしており、そのルート(援蒋ルート)を遮断するため、実施しました。

司令官は「牟田口廉也中将・十五軍司令官(後に予備役)」上官は「川辺中将(後に大将)」です。

 

あまりにずさんな計画で参謀本部でも反対意見があったのですが、この二人が強行し多くの戦病死者を出した最悪の地上戦でした。

1月ごろに開始し雨季までに決着させるという根拠のない計画で始まったため、食料や資材運搬の車両手配も間に合わず、また食料補給は途中の町で徴発(奪う)するか戦利品で得ることや、運搬に牛や羊を使い順次食料にしていく(駄牛中隊)などを計画します。いや・・・いつの時代?って感じです。

 

そのため1か月程度の食料を携行して徒歩で進軍することになりました。さらに部隊の集合が遅れ行動開始は3月8日となりました。

対するイギリス軍は、倍の兵力と5倍の航空機をもつ重装備の部隊で制空権も握っていました。

この作戦前には現地に詳しい参謀たちがいたのですが、軒並み反対するので次々にクビにしてしまい、組織改編の際には現地に詳しい参謀が殆ど残っていなかったのです。

 

作戦開始したけれど・・・

劣悪な条件のもと、兵士は1か月で500kmを徒歩で山中を行軍。

駄牛中隊の牛たちは、途中の崖から転落したり、渡河中に水死したり、敵の攻撃に驚いて逃亡したり・・・結果、積んでいた弾薬や食料も散逸し戦力が減少しました。

インパール近くにはたどり着いたものの、空輸で補給するイギリス軍に頑強に抵抗され、持久戦の様相を呈します。インパールはモンスーン地帯で、雨季には滝のような雨が降ります。周囲はヒマラヤを望む山岳地帯、乾季には小川でも雨季には激流。道は泥沼で車両や銃砲は運びづらく、火もなかなか着かないのでコメも炊けず、生水は危険でも飲むしかない。

そして赤痢マラリアに罹患し兵士はバタバタと倒れていきました。補給も無いので攻撃するにも弾もない。

 

さっさと撤退すればいいものを、メンツにこだわる二人は顔を見合わせて威勢のいい掛け声だけはるか後方から。「やめる」を決断できないまま続け、士気は下がり死者(病死)は増え続ける。

退却を進言し続けた佐藤中将は、5月に死刑覚悟の命令違反によって部隊を後退させました。本来であれば軍法会議(陸軍刑法42条)ですが、表ざたになって監督責任を問われる事を恐れた参謀本部は、うやむやにしてしまいます。

この現状を知った、東条英機首相・参謀総長は7月1日に天皇に「作戦中止」を上奏し、翌2日に南方軍が中止命令、5日には中止され司令官は8月20日に解任されました。

 

白骨街道

日本兵からの感染を恐れ、追撃してくるイギリス軍は道端で見かけた日本兵の生死に関わらずガソリンを掛け焼却。それが無くても足を止めたら、戦車に踏みつぶされたり、トラやヒョウ、ハゲタカに生きたまま食われます。

結果、参加兵力のおよそ70%を損失。退却路は「白骨街道」と呼ばれ、現地の政治状況などから近年まで遺骨収集事業も行われていませんでした。

この戦いにはINA(インド国民軍)も参加しており、日本降伏後独立運動に参加、後にインド独立を勝ち取ります。

インド初代首相のネルーは「インドは程なく独立する。その独立の契機を与えたのは日本である。インドの独立は日本のおかげで30年早まった。この恩は忘れてはならない。(後略)」と語っています。

 

2つは同じ構図

このインパール作戦東京オリンピックが似ているとは、非常に的確に思えます。

(大文字=インパール作戦 小文字=東京オリンピック

 

A.雨季(季節)を考慮しないで実施した。兵士の都合ではなく司令官の都合。

 a.真夏に実施。選手の都合ではなく放送権(収益)の都合。

B.掛け声はいいが、具体的な作戦計画が杜撰。

 b.アスリートファーストと言いながら、水が・・・日差しが・・・

C.兵站を無視した作戦を強行。メシとタマが無けりゃ戦えない。精神論では勝てない。

 c.選手の体調管理なんて自身でしてねと言わんばかり。

D.責任の所在があいまい。参謀本部なのか、現地司令官なのか。

 d.森さんとこ?小池さんとこ?それとも政府なの?

E.組織内の融和と序列を優先し、合理的結論を導かず決断できない組織。

 e.JOCと東京都、財界、政府・・・誰が決めるの?

F.二百三高地以来の「突撃」のみの作戦。

 f.ボランティアの扱いが・・・

G.管理責任を負わない保身主義。

 g.小池さん見てたら・・・ねぇ・・・

H.気に食わない意見を言う人を除外する。理由は「組織の調和を乱すから」

 h.多分「これじゃ駄目だ」って言ってた人もいるだろうなぁ。(証拠は無い)

I.能力も無いのに希望的観測のもとに戦線拡大。

 i.借金大国で労働力不足なのに。いつまでJapan as No1のつもり?

 

日本人って75年たっても変わらないなぁと思います。

 

オリンピック組織委員の方々、少しは戦史の勉強したらどうでしょう?

良い教材になりますよ。多くの方の死が少しでも役立つのではないでしょうか?

 

 

こんな遠くまで行ってたんですよ。 (GoogleMapより)

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インパール周辺。盆地の様子が分かりますね。 (GoogleMapより)

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