海洋立国論

勉強のつもりで書いています。

3種類のパワー

Yahoo!ニュース 「【ロンドン時事】スウェーデンの首都ストックホルムを訪れた中国人観光客に対する警察の処遇が「人権侵害」だとして、中国がスウェーデン政府を非難し、外交問題に発展している。(時事通信)」 という記事を読んでいて思いだしたものがあるので、今回はそれをテーマにします。

このニュースの元記事はこちら

ざっと掻い摘んでみると、9月2日に中国人家族3人が宿泊予定ホテルに前日到着したため、ロビーでの寝泊まりを要求、ホテルは拒否(防犯上もそりゃ無理でしょう)。

居座る家族に対し警察に通報し強制的に連れだし、その際に「これは殺人だ!」と叫びながらの映像がSNSに流出、中国政府は「人権侵害で謝罪と賠償を要求」し、外交問題化しているというもの。スウェーデンダライ・ラマ14世が訪問したり、共産党批判本を扱う香港書店関係者のことなどが背景にあるとされています。

 

このニュースを読んで思いだした言葉が3つあります。

それは「ハードパワー」「ソフトパワー」「シャープパワー」です。

 

パワーとはなにか・・・解釈や多くの理論があってやや複雑なんですが、ざっくり言うと以下のようなことでしょう。

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 国家は国益を追求するものであり、国益とは行動目標であり、他者よりもより多くの利得を求める。国際社会は上位の政府が無くアナーキーであり、国家の頼りにするものは自助であってその為にパワーを必要としパワーによって望ましい結果を得るために他者に影響(他国の内政・外交)を与えようとする。パワーを生みだす源泉は資源(領土・人口・地政学的位置・天然資源・経済規模・軍事力など)であり、これを変換するプロセスを経なければならない。

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第1のパワー「ハードパワー」

ハードパワーとは、そのものずばりなイメージですが、昔から国家(または集団)に多用されてきた、「軍事力」「経済力」などある種直接的・物理的な強制力や支配力を言います。主体は国家や企業であり未だ決定的に重要なパワーです。個人的にはこのパワーは世界を理解するための基礎であると思っています。ODA(政府開発援助)などはその為に活用されていました。決して善意のみで円借款や無償援助をしたのではないでしょう。

第2のパワー「ソフトパワー

ソフトパワーとは、ジョセフ・ナイ教授(ハーバード大が1990年の著書で初めて用いた言葉です。国会議事録を検索すると「ソフトパワー」と言う用語が多くでてきますし、書籍も多数ありますので、言葉や概念は定着したと言えるでしょう。

これは相手を引き付ける「魅力」とでも言うもので、その源は文化・歴史・国民性・価値観など有形/無形・可視/不可視に限らないもので、主体は必ずしも国家や政府ではありません。個人や団体、地域だってソフトパワーの担い手であり、他者に対して影響を与える可能性があるものです。

しかしソフトパワーの源泉はハードパワー(経済力や政治力、軍事力)に依るところが大きく、ましてハードパワーに取って代われるものでは無いものです。

我が国でも「観光立国」としてインバウンド受け入れ増大を図っていますし、海外で日本食サブカルチャーなど日本を紹介するイベントを多数実施していますが、これらによって日本に対し理解を深めてもらうとともに、他者の選好に少なからず影響を与えようといています。

アメリカは強大な軍隊、世界一の経済という「ハードパワー」とマクドナルド・ディズニー、ハリウッドなど「ソフトパワー」の輸出で世界の覇権国となりその地位を守り続けています。

第3のパワー「シャープパワー」

しかし近年新たに「シャープパワー」という概念が提唱されました。

シンクタンクである全米民主義基金(NED)が提唱し、前述のジョセフ・ナイ教授によって明確に定義づけられました。

ハッキリ言うと中国・ロシアが民主主義国の開放性を逆手にとり、影響力を行使し言論・報道の自由などの価値感に影響を与えているとするものです。「買収」「威嚇」「情報操作」など悪意をもった手段を行使し世論工作を行うのです。

このことについては、英エコノミスト誌(2017/12/16-22号)が記事にしており日経新聞が邦訳し話題となりました。(一読をお勧めします)

記事の中でその行動は最近、威嚇的で幅広い範囲に及びつつある。中国のシャープパワーは、取り入った後に抵抗できなくさせる工作活動、嫌がらせ、圧力の3要素を連動させることで、対象者が自分の行動を自制するよう追い込んでいく。」と言いきっています。

中国政府を批判する研究者、ジャーナリスト、報道機関などにはビザの発給停止や学会へ招待しない、民間企業への圧力(社員のスパイ容疑や課税など)、報道機関への資金提供による世論誘導、中国語教育の「孔子学院」での思想教育、政治家・官僚への資金提供などを通じた政界工作・・・

冒頭で書いた抗議やノーベル平和賞劉暁波氏に授与したノルウェーへの経済的な報復、国際的な研究機関への資金提供によって中国の不利益になる研究の抑制、国際機関への不当な介入など枚挙に暇がありません。

北朝鮮に韓国がTAARDミサイルを配備した時、中国は韓国への旅行を制限し観光産業に影響を与えました。

中国がオーストラリアのダーゥイン港の99年租借権を得ることができたのもそのパワーを行使したためかもしれませんし、習金平主席の「一帯一路構想」もシャープパワーのひとつと見なされています。

国家が国民の活動を監視し制限できる「権威主義国家」なればこそです。

 

しかし、 これらは自由主義社会の「開放性」を利用した「脆弱性の窓」と言えるものです。かといって自由主義社会において規制強化や排除を過度に進めると人権弾圧や不平等性を生むことにもなりかねません。しかし制度上の問題は解決しなければなりませんし、国家の価値観を破壊するような行為は糾弾しなければなりませんが、民主義国家の「良い点」も守っていかねばなりません。ジレンマですね。

オーストラリアは中国のこうした行為に対抗するため、2018年6月に外国政府干渉対策法を成立させました。外国政府によるロビー活動、政治行為への資金提供などの規制や禁止などの項目から成り立っています。

他にもドイツ、ニュージランド、アメリカ、韓国、ニュージランド、カナダ・・・各国ともシャープパワーを脅威と認識してきており、対抗しようとしているようです。

アメリカの政治学A.F.Kオーガンスキー(1998没)は(現状への)挑戦国は国際社会において自分のための新しい場所を確保することを求めつづける。自分たちは力をつけつつあるので、その権利を有すると感じるようになるからである。こうした国家のほとんどは力を急速に増長させているものであり、さらに成長は今後も継続すると見込んでいる。つまり、台頭国家は好戦的になりやすいということである。としています。

挑戦国「中国」が覇権国「アメリカ」に対抗するには、ハードパワーだけでは挑戦するコストが高すぎるため、他の2つのパワーを利用し挑戦するコストをさげる効果が見込めます。

先ほどのエコノミスト誌ではこうも書かれています。

「中国のシャープパワーの手口を白日の下にさらし、中国にこびへつらう者を糾弾するだけでも、その威力を大いに鈍らせることになる」辛辣ですね。近頃英海軍が南シナ海に進出しており中国に軍事的圧力をかけつつありますが、脅威認識の現れでしょうか。

日本にとって

我が国は隣国です。そして中国の海洋進出にとって最大の障害です。シャープパワーを最も行使するなら日本でしょうし、沖縄はその例ではないでしょうか。沖縄の「行政、世論」を中国に有利な状況に導くことは、中国にとっての優先事項ではないでしょうか。北海道の土地を大規模に買収しているのも、単なる土地取引、投資と楽観視してよいかどうかも怪しむべきかもしれません。

(日米なら資金次第で双方の土地でも企業でも対称に買収できますが、中国とは非対称です。)

急激に成長した軍事力・経済力だけに目を奪われていてはいけないようです。第3のパワーにも今後注目していきたいと思います。