海洋立国論

安全保障・軍事について自分自身の勉強のつもりで書いています。

玉音放送はしたものの・・・

明日8月15日は終戦記念日です。

政府主催の全国戦没者追悼式を行っていることから、一般的にはこの日を「先の大戦(太平洋戦争・大東亜戦争)が終結した」と認識されていますね。昭和20年(1945年)8月15日・正午の玉音放送があったことから、国民サイドとしては異論があまり出ないところだと思います。

玉音放送と一般的に呼ばれますが、これは「大東亜戦争終結詔書終戦詔書)を、天皇自身の肉声を録音しラジオで放送したものを言います。

 

さて、日本国内ではこれでいいんですが、戦争状態の正式な終結は9月2日のアメリカ戦艦ミズーリの艦上での「降伏文書への調印」をもって、正式に終結しています。

つまり、日本としては8月14日に降伏を受け入れたものの9月2日まで正式な降伏にはなっていません。当時のソ連中華人民共和国などは9月3日を対日戦勝利の日などとしています。

 

 昭和20年8月15日以降になにがあったのか

我々はその間に一体何があったかは忘れてはならないと思います。

明治38年ポーツマス条約で南樺太(北緯50度以南)は日本領となり、開戦時には40万人以上が暮らしていましたし、開戦後も戦場から遠いため比較的平穏だったようです。

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ソ連の進出

8月6日の広島への原爆投下を知ったソ連は、8月8日に日ソ中立条約を一方的に破棄し宣戦布告し翌9日には、南樺太満州北朝鮮に進軍します。(予定は8月11日)

総兵力150万以上、対する関東軍は75万とは言え精鋭部隊は南方に取られており張り子の虎同然の裸部隊でした。

8月16日に日本は「即時停戦命令(自衛戦闘を除く)」を出しますが、南樺太・北海道のソ連による占領を防ぐため、大陸命第千三百八十二号にある止ムヲ得サル自衛ノ為ノ戦闘行動ハ之ヲ妨ケス』により自衛戦闘は継続した。

南樺太~北海道の利権を欲しがったスターリン首相は、トルーマン米大統領に分割統治を要望しますが、共産化の南下を防ぎたいトルーマンは8月18日に拒否(その意味もあっての原爆投下)

進軍するソ連軍は各地で日本軍守備隊を全滅させ、また停戦申し入れに向かった将校・軍史も多数銃殺、民間人への無差別攻撃を実施、一般家庭への強盗・強奪、女性への強姦などが続発。8月20日には樺太の真岡に上陸した部隊が無差別攻撃を行い約800名を殺害、真岡郵便局では電話交換手の女性がソ連軍の女性への暴行を恐れ集団自決(真岡の悲劇)。樺太から避難する民間人を乗せた船団を魚雷や爆撃で沈め、子供・女性・老人など1700名以上が死亡しました。この事実はソ連崩壊後までソ連は秘密にしていました。このように国際法を無視した不法行為を続発させました。

満州でも同様に悲劇がおこりました。(書くのも辛い)

 

北海道での自衛戦闘が無かったら、南樺太北方領土に限らず、北海道もソ連領だったかもしれません。不法占拠とは言えロシアの姿勢は「領土は一寸たりとも返さない」(メドベージェフ大統領:当時)です。取られたら返ってこないのが領土。

※因みに米軍は8月15日午前は攻撃してきたものの午後はマッカーサーの命令で攻撃中止されています。

 

信義に信頼できるのか

戦争は悲惨なものです。起こると止められないものですし、軍民双方の人的被害に収まらず、歴史・文化あらゆるものに影響は及びます。

また、条約は「紙切れ」での約束です。簡単に反故にされるのです。戦争により得られる利益(若しくは損失)と天秤に掛けられその損得で「紙切れの価値」は変わります。

同様に日米関係を信用し国家防衛を丸投げするのも無謀です。アメリカとて自国の利益と損失を比べつつ「日米安全保障条約」を運用するでしょうしまたそれが当然ですし、現在のシリア情勢を見ていると、ロシアも信用ならない国です。

 

そう考えると、日本国憲法・前文の一節「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」は、ロシア・中国・北朝鮮に囲まれた我が国が、この理想を掲げている事は夢想しているとしか思えないのです。どの国も「国益」が最優先です。

 

毎年この時期になるといろいろ考えさせられます。