オレ様的夜ネタ ~平和を守るために~

山奥で農業・林業・養蜂をしつつ、安全保障・軍事について自分自身の勉強のつもりで書いています。

広島・長崎

8月5日は核の年表 8/7は核の効能 核兵器の分類と続けてきました。9日は長崎に原爆が投下された日ですが、この期間は核をテーマに纏めてきました。最後になぜアメリカは原爆を使用したのかを読み解きます。

一般的に4つの理由があげられていますが、まずはそれをおさらいしたうえで、掘り下げていきます。

理由1 ソ連の対日参戦に伴い、日本の分割統治を防ぐため(共産主義の成立を防ぐ)
理由2 戦後のパワーバランスをアメリカ主導としたい
理由3 終戦を早め自国の被害を抑えたい
理由4 リメンバー・パールハーバー

などが良く言われますが事実は一つであるとは限りませんし、通説が正しかどうかも分かりません。そこを今回は掘り下げて考えてみます。

ヤルタ会談前にすでに話し合っていた」

1945年ナチスドイツの敗戦間近に伴い開催された「ヤルタ会談」において取り決めた「ヤルタ協定」によって、ドイツの敗戦後3カ月以内にソ連が対日戦に参戦することが決まっており、その条件として「千島列島、南樺太ソ連への帰属」などがあった。となっていますが、実はその前の1943年11月22日にカイロ宣言、11月28日にテヘランですでにソ連の対日参戦は極秘で協議されています。

ソ連を参戦させる理由はどこにあるのでしょうか。アメリカは陸軍の「上陸作戦必至」(アメリカ兵に多大の出血を強いることになる)海軍の「海上封鎖、空襲で十分」(アメリカ側の被害は少なくすむ)でしたが、本土は「封鎖・空襲」でよくても、満州はそうはいきません。ソ連の参戦があれば早期に日本を屈服させられると考えました。

日本の真珠湾攻撃を利用し、プロパガンダによりアメリカ国民を一つに纏め対日戦を行っていたルーズベルト大統領率いるアメリカですが、東洋の島国にまさかこれほど苦戦するとは思ってもいなかったので、早期に戦争を終結させたいのはあったと考えられます。
その為、ルーズベルトスターリンに千島・南樺太・旅順・大連・南満州鉄道の経営までも譲り参戦を取り付けました。しかし、ソ連が南進し日本をドイツのように分割統治する可能性があったため、原爆で降伏を強要した。と通説ではなっています。

ヤルタ会談の時期に日本はすでに、レイテ沖海戦で敗北しペリリュー島守備隊玉砕、マニラで米軍が市街戦に突入など、一方的な状況でした。しかし地上戦が多く米軍の被害も相当なものであったのは確かです。
本来のソ連の参戦予定は8月11日、アメリカの原爆投下を知り慌てて8月9日に参戦(極東ソ連軍総司令部に命令)しました。

「原爆関連開発は真珠湾より先」

1939年には核分裂の連鎖反応でエネルギ―が放出されることはわかっており、1940年5月には全米科学アカデミーは「原爆の製造は4~5年で可能」と報告しています。
実際にアメリカの原爆開発が始まったのは1941年12月6日(議会で予算が通過)で、日本の真珠湾攻撃よりも前です。

そして当時の原爆は数トンの大型と想定されていたため、運搬手段として大型爆撃機が必要とされ、大型長距離爆撃機(後のB-29)の開発が指示(設計の要求書)されたのは1940年1月、初飛行は1942年9月です。巨額の予算を必要とする巨大爆撃機を4000機ほど生産(予算では9000機)しましたが、対ナチスドイツだけで使用するより日本も相手としたほうが議会も承認しやすいでしょう。

「日本は既に疲弊していた」

また、戦争末期には米海軍は機雷によってあらゆる海域・港湾で「海上封鎖」しており、日本本土は国内での物流すらままならず(道路網が今とは比べ物にならない)、そのうえ5万人以上の人口のある都市はほぼ全て爆撃されています。その爆薬の投射量は2発の原爆と同程度あり、日本の防空能力はすでに無いに等しい状態でした。

しかし初めから候補地としてリストアップされていた4都市「広島・長崎・小倉・新潟」には爆撃しておらず(但し長崎は三菱の軍需工場がありそこは爆撃されています)当初から使うつもりであったのではないかと思います。空襲によって日本は疲弊しきっており、4月には終戦工作を始めているにもかかわらずです。

原爆は3発完成しており、1発は実験で残りは2発。爆撃条件(地理・気象など)も設定されているうえ、残った2発は「ガンバレル型」と「爆縮型」でタイプが違うのも実験的な意味があります。

「分割統治論」はなぜ生まれたか

アメリカはソ連の太平洋への海洋進出を抑えたいため、日本本土(北海道)の占領は絶対に阻止しなければならなかったのですが、広い北海道の占領には相当の日数がかかる事が予想されます。
ソ連の参戦日は分かっているので、それまでに降伏条件の緩和によって降伏を早めることや、夜間に東京湾上空、(それも高度を十分とって)爆発させれば十分に日本への威嚇効果、ソ連への示威行為として効果があったのではないでしょうか。この案は実際に開発者が提言しているようです。
それを無視しあえて2発も使用していることからも「分割統治論」も要因、もしくは後付け理由かもしれません。

「爆撃ありき」

また、爆撃目標を設定するにあたって提示された条件が、
1・B-29の航続範囲内
2・爆撃効果判定ができる場所
3・天候が良いことが予想される場所
4・爆撃不可能だった場合の代替地の選定
5・日本国民に衝撃をあたえ戦争終結を早める効果をあげる 6・士気をくじくこと
となっていますので、やはり爆撃ありきのように感じます。

さらに条件として半径1.6kmに建物が密集していること、軍事施設があること、爆撃の影響をうけていないこと などがありますので、やはり試験的な要素が強いように思えます。

プロパガンダ

リメンバーパールハーバーとして真珠湾を奇襲されたことへの復讐という通説もありますが、これはまさに対日参戦のためのプロパガンタです。
日本は軍事基地を攻撃しただけで、民間人の多く住む都市まるごと焼き払われる理由としては通用しないでしょう。
真珠湾奇襲は大使館の手違いで通告が遅れたのですが、アメリカ自身も他の戦争では奇襲攻撃をしています。しかし、真珠湾攻撃は米国民にとっては忘れがたい事実。それを上手く政権が利用したのではないでしょうか。
なんといっても黒船で日本を開国させたと思ったら、太平洋艦隊の戦艦をごっそり沈められたのですから。

つまり「通説」はそれぞれ 一要素として考えるくらいではないでしょうか。それよりもアメリカ市民が原爆の惨状を知った時、「自国兵士の被害を最小限に抑えるためだ」「共産主義の台頭を防ぐためだ」としておいたほうが、国内対策としても望ましい結果を生むでしょう。

そもそもアメリカはナチスドイツのユダヤ人虐殺を「ホロコースト」と称して激しく非難しています。その一方で都市を無差別爆撃し(日独問わず)、大量の一般市民を殺すのですから、その行為を正当化できる理由が必要です。
また、ドイツ系アメリカ人やイタリア系アメリカ人はアメリカ人として兵役にもついていますが、アフリカ系は危険な最前線へ送られ、日系アメリカ人の多くは強制収容初に収容し、資産凍結もされています。人種差別的な考えがあったのは否定できないところでしょう。

「政権のために」

ルーズベルトの急死に伴い、急きょ大統領になったトルーマンは政権基盤が弱く、次の選挙で当選しなければなりません。その為には国民が「そうだ。正しい判断だ」と思える理由が必要だったのかもしれません。
日本に対しては戦後の占領政策をスムーズに進めるため、アメリカを正義の味方とし、日本国民は指導者と軍部に騙された被害者としておく必要があります。こうしないと、内戦や一部の抗戦派が抵抗したりして占領統治が難しくなります。また反米に傾くと共産主義に走るかもしれません。それは絶対に避けなければなりません。

これらを考えていくと、日本人相手の新兵器の実験が主目的では無かったのかと思えます。どのような兵器であれテストされますが、実践で使う事でその威力と効果が証明できます。原爆もその延長線上ではなかったのか。とも考えられます。

しかし、兎も角オバマ大統領は広島を訪問し、安倍総理真珠湾を訪問したのです。誤った認識は正さなければなりませんが、今はよりよい世界に向けて進む努力をしたいと思います。