オレ様的夜ネタ ~平和を守るために~

山奥で農業・林業・養蜂をしつつ、安全保障・軍事について自分自身の勉強のつもりで書いています。

核の効能

前回、かなりおおざっぱに、核兵器の歩みを取り上げましたが、ではなぜ核兵器(とその運搬手段)はこれほど必要とされているのかということになります。

名目は「抑止」です。核兵器は変わった兵器で「相対性」がありません。どういう事かというと、例えば同性能の大砲があるとします。Aが100発の砲弾を所持しBは10発所持しています。このとき、命中精度が同じとしたら撃ち合うと一般的にはAが勝つと予想されます。
核兵器の場合はこうはなりません。たった1発でも食らえば耐えがたい被害を被ります。ですから数でいうと圧倒的なアメリカでさえ核保有国に対し先制攻撃はしていません。

冷戦時代に定着した考え方に「相互確証破壊」というものがありますが、これは核保有国同士が核戦争に至った時に先制攻撃をされた側が、核攻撃能力を残存させ核による報復を行う。この事で相手側の核による先制攻撃を抑止するものです。米ソ冷戦の時には互いに人類を何度も破滅させる数(オーバーキル)の核兵器を主に3つの手段で保有していました。
手段としては、

(1)射程の長い戦略核として地上発射型大陸間弾道ミサイルICBM)

(2)潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)

(3)戦略爆撃機による核攻撃です。

他に射程の短い戦術核(射程500km以下)を多数保有しています。

冷静時代に西側陣営(NATO)は通常戦力で東側陣営(ワルシャワ条約機構)に及ばないため軍事的脅威を感じ、アメリカの「核の傘」にはいることになります。
特に西ドイツは深刻でした。ベルリンの壁の向こうは東側陣営であるうえ、敗戦によって軍備の制限がされていたからです。初期はICBMは開発されておらず爆撃機によるものでした。

その後にロケット(ミサイル)開発合戦が始まり、ミサイル配備合戦となりました。

もう一つの攻撃手段であるSLBM戦略原潜と呼ばれる大型の原子力潜水艦に装備される弾道ミサイルです。地上が核によって破壊されても海中にいる潜水艦には影響がありません。その潜水艦から反撃を行うのです。

これによっても「相互確証破壊」が成立します。現在は潜水艦の数が削減され発射管には「巡航ミサイル」が搭載される型に改修されているものや、艦体の大きさを活かして対テロ特殊部隊を運ぶタイプもあります。

この「相互確証破壊」のロジックは、相手が理性ある国家などであることが条件です。一度核攻撃を始めてしまったら取り返しがつかないーだからやめておこうーとなるだろうと相手をある意味で「信用」していないとできません。
弱小国や国家体制が破たんしかけた国、テロ組織には通用しない考え方ですし、北朝鮮の例のようにアメリカに通常戦力で劣る国は核をはじめとする大量破壊兵器の誘惑にとりつかれるのです。

一方で「核による破滅は明らかであり、核戦争に至るリスクのある戦争はおきない」とする楽観論があります。反対に「管理者の能力や地理、政治などによっては危険性が高まる」とするものもあります。

我が国は核武装はしていませんが、アメリカの核の傘(拡大抑止)に頼っています。
この核の傘(同盟関係と同じように)については「見捨てられる恐れ」があります。

例えばヨーロッパをロシアが核攻撃した場合に、アメリカは本国が核攻撃される危険を承知でロシアに核の報復をおこなうのか?ということです。
そこでNATO諸国は独自の核装備をする国(イギリスはアメリカから購入・フランス)や核のシェア(ニュークリアシェアリング)によって核抑止を保有する国(ベルギー・オランダ・ドイツ・イタリア)があります。

日本も同様で北朝鮮や中国の核攻撃や威嚇があった場合にアメリカは反撃するのか?が「核武装論」を唱える人の論の一つにもなっています。我が国の現状を考えると「信用するしかない」のが実情ですが先ほどまで書いたことを考えると、不安があるのは理解できます。

ただし、日米同盟はNATO以上にアメリカ本国の安全保障に寄与しているため、日本が裏切られるとNATOもアメリカを信用しなくなり、アメリカの覇権国としての信用は失墜します。
因みにアメリカは日本から追い出されるような事態や、軍事的独立、極端な右傾化を避けようとしています。アメリカにとって日本が非常に重要な位置にあるからです。(ここでは詳しく述べませんが、中国や韓国は兎も角としてもアメリカまでが、我が国の首相の靖国神社参拝を反対する理由のひとつです。)

1946年バーナードブロディというアメリカの国際政治学者が、その論文集「絶対兵器」で「核の時代の軍は勝つことが目的では無く戦争を回避することである」と言い抑止力の維持を課題としています。

日本帝国陸軍石原莞爾関東軍参謀)は最終戦争論とした講演の中で「戦争発達の極限が戦争を不可能にする。例えば戦国時代の終りに日本が統一したのは軍事、主として兵器の進歩の結果であります。 ~中略~ 。もっと徹底的な、一発あたると何万人もがペチャンコにやられるところの、私どもには想像もされないような大威力のものができねはなりません すべてが吹き飛んでしまう……。それぐらいの破壊力のものであろうと思います。 このような決戦兵器を創造して、この惨状にどこまでも堪え得る者が最後の優者であります。 」と言います。

この核の現実を耐えて忍び英知を結集し、また多くの痛みを生みだして、ようやく次の時代が来るのかもしれません。その副作用は尋常ではありませんが、これこそが本来「核」の持つ最大の効能かもしれません。

現在は国家の上位の権力機構は存在せず、ある意味無秩序な時代です。「次の時代」とは「世界政府」が生まれ秩序が保たれる時代のことを言うのかもしれませんが、それは現段階では「夢想」に過ぎないことも理解しておくべきではないかと思います。

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